八王子貝塚

ページ番号1002943  更新日 2021年4月27日

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縄文時代後期の貝塚

所在地:上町八王子

後期中葉の東海地方を代表する貝塚で、県の史跡にも指定されています。明治33年の発掘調査以降、幾度かの発掘調査が行われています。貝塚が所在する場所は、今の矢作川を見下ろすことができる台地の端にあり、当時は海がそこまで入り込んでいました。貝塚の貝層は非常に厚く、場所によって1m近くに達する箇所もあります。貝はハマグリ・アサリ・ハイガイを主体とする貝層で、その貝の含まれ方などから大きく3層に分けることができます。また、貝層の下にも包含層が認められ、古くは前期中葉の遺物も認められます。出土遺物には、後期中葉の八王子式といわれる土器、土偶、骨角器などが多く出土しています。八王子貝塚の土器は器表面が擦り消し縄文を施した実に美しいものです。

平成14年度の発掘調査の成果について

写真:平成14年度の発掘のようす

平成14年6月に個人住宅建設に先立つ事前調査として120㎡の発掘調査を行いました。調査地点は県史跡指定地の道路をはさんで南側にあたります。その結果、貝塚や縄文時代の堆積につい14年度発掘写真ては既に削平されたためか残っていませんでしたが、縄文時代の竪穴住居跡3棟が確認できました。遺物はほとんど出土しませんでしたので、細かい時期などは不明です。これにより、史跡指定地外に遺跡が広がっていることが確認できました。これまでは貝塚部分ばかりに着目されていた八王子貝塚ですが、その周辺にも縄文時代の生活跡があることが明らかになりました。

16年度の発掘調査の成果について

写真:平成16年度の発掘のようす1

平成16年1月下旬から2月上旬にかけて、過去に土取りされた部分のL字状の壁面をきれいにして土や貝の堆積状況を確認することと、それに伴い、幅30cm~80cmの部分の遺構検出を試みました。その結果、南北方向の壁面からは道路に近い部分で一部完存貝層(後世のかく乱を受けていない貝層)が確認できました。東西方向ではかなり後世のかく乱を受けていましたが、台地東縁辺部で20cmほどの貝層が確認できました。また、貝層についてはこれまで推定されていた範囲の中心まで及んでいないことが明らかとなり、過去の調査と併せ、昭和56年に調査した道路部分にかけての部分あたりから台地縁辺部にかけてドーナツ状に貝層が16年度発掘写真2広がっていると推定できます。

写真:平成16年度の発掘のようす2

遺構は多くのピットが確認でき、その中には縄文時代の竪穴住居と推定される落ち込みが3棟分確認できました。その他、地山面やや上位には埋葬人骨2体が検出されました。頭部を南方向に向け足を折り曲げた屈葬形態です。これらの人骨は、専門家の調査によって2体とも老年女性の骨である可能性が高いことが明らかとなりました。また、古墳時代の竪穴住居の一部が確認でき、縄文時代以外の生活痕跡が明らかとなりました。

写真:平成16年度の発掘のようす3

遺物はわずかではありましたが、貝層の最下層とその下部の有機土層から縄文時代中期中葉・後期初頭の土器が出土しました。

18年度の発掘調査の成果について

6月13日から7月7日にかけて、個人住宅新築の事前調査として100平米の調査を行いました。今回の調査区は平成14年の調査地点と同じく史跡指定地である貝塚の南側にあたり、貝は確認できませんでしたが、縄文時代のピットや古墳時代と考えられる竪穴住居跡(遺物が出土しておらず明確な時期は不明)、鎌倉時代の溝などが見つかりました。今回の調査では、縄文時代はもちろんですが古墳時代や中世にも八王子貝塚周辺に人々の営みがあったことが明らかとなりました。出土遺物は少なかったのですが、縄文時代中期から鎌倉時代にかけてのものが見られました。

写真:平成18年度の発掘のようす1

北側の調査地点を北西から撮影

奥の四角くみえる部分が竪穴住居跡です。2軒の住居がきりあっており、建て直しをしたものと考えられます。


写真:平成18年度の発掘のようす2

南側の調査地点を南から撮影

中央部分を上から下に流れているものが鎌倉時代の溝の跡です

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