養寿寺(ようじゅじ)は、大同元年(806)に勤操阿闍梨(ごんそうあじゃり)がこの地を訪れ、当時海であった東方の砂浜に霊亀が休み、その背に青衣八臂の弁財天が座っているのを見て、「この地こそ仏法の繁栄養寿寺写真地」と悟り、堂を建立したと伝えられます。山号を「亀休山」と定め、当初は天台宗でしたが、寛正2年(1461)に彰空宗永(しょうくうそうえい)が堂宇を再興し、浄土宗に改めました。文明年中(1469~67)に徳川家康の大伯母、吉良義安の夫人である矢田姫(やたひめ)が当寺に埋葬され、その故を以って慶長7年(1602)に家康より36石の朱印地を賜ったといいます。

広い境内には嘉永4年(1851)に建てられた入母屋造本瓦葺の大本堂のほか、元禄12年(1699)建立の山門、天和3年(1683)建立の重層の鐘楼門(市文)、禅宗様の組物が重厚な江戸時代中期建立の地蔵堂などがあります。また、誤って体内に入った針を吐き出させてくれるという「針吐地蔵」も古くから信仰を集めています。

毎年、お釈迦さんの命日である旧暦2月15日頃(3月の最終日曜日)に行われる涅槃会では、読経に合わせて笙・笛・太鼓などの管弦が奏され、江戸時代から「矢田のおかげん」として親しまれ、多くの参拝者で賑わいます。

このほかにも、室町時代の雲版(県文)、彰空宗永の書写になる『太子伝』(市文)、高麗時代の観音菩薩像(県文)、地蔵菩薩像(県文)、家康の裏書のある天満宮御影(市文)、薬師如来(市文)、釈迦一尊(市文)、弥陀三尊(市文)、蓮鷺(市文)、寒山拾得(市文)など(これらは非公開です)、中世に遡る数多くの文化財を今に伝える古刹です。

 


所在  西尾市下矢田町郷2

宗派  浄土宗西山深草派

交通  西尾駅より名鉄東部交通バス「下矢田」下車 徒歩10分

      または西尾駅よりタクシー15分  地図