若一神社の力石 にゃくいちじんじゃのちからいし

 

指定・種別   市指定・有形民俗

付        書状一通

員数       5個

時代       江戸時代 寛政6年(1794)

赤羽村出身の高須新助広則は江戸へ出て商売をしていた折に、各地の神社の力石を持ち上げて評判となった。諸大名や将軍の招きを請けて大力を披露し、褒美として御絵府(街道の荷物運送の際に優先的取り扱いを受けることができる木札)と力士の号を賜った。記念に有馬候から上覧の際に持ち上げた85貫(319kg)余、53貫(198kg)余、53貫、45貫(168kg)余、37貫(139kg)余の石を贈られたため、故郷の若一神社に奉納したものである。奉納の口上書によると市ヶ谷八幡宮(70貫)などへも力石を納めたという。