松花堂の絵  しょうかどうのえ  

 岩頭写真 布袋写真 普化写真

指定・種別 市指定・絵画
員 数 3幅対
法 量 各縦126.5cm 横29.1cm
材 質 紙本墨画

時 代

江戸時代初期
作 者 松花堂昭乗
所 在 貝吹町 長圓寺(西尾市岩瀬文庫寄託)
款 記 左右幅「惺々翁」 白文瓢形印「惺々翁」 中幅「南山隠士昭乗」 白文瓢形印「惺々翁」
 

江戸時代初期の京都所司代・板倉勝重、重宗らを輩出した板倉家の菩堤寺・長圓寺に伝来する。男山八幡宮(石清水八幡宮)滝本坊の社僧で書家・画人・茶人の松花堂昭乗(1584?~1639)が、伝説上または伝説的な三僧(左幅より岩頭、布袋、普化)を水墨で軽妙に描き、それぞれ上方に江月宗玩、玉室宗珀、沢庵宗彭の賛が付される。別幅仕立ての小堀遠州(1579~1647)から重宗に宛てた添状があり、表装を遠州が見立てたことが記される。賛の3人の大徳寺住持は寛永4年(1627)の紫衣勅許取り消しに対して幕府に強く抗議し、流罪などの処分を受けた。対して重宗は京都所司代としてこれを取り締まり、裁断を行なう立場であった。本図は、昭乗の落款「南山隠士」から、昭乗が松花堂に隠棲した寛永14年以降の、沢庵らと幕府との関係が良好となった時期のものと推定されるが、政治的立場、階層、分野を超えた融和の中で成立した寛永文化を象徴する作品である。


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